コラム
業務のIT化を考えるコラム⑦(最終回)業務俯瞰図の活用
2017.01.31
ジャパンシステム株式会社 コンサルティングアドバイザー
株式会社アトリス アーキテクチャー開発執行役員 長嶺 亮
これまでの6回のコラムで
○業務が「流れる」背景にはその「流れ」という現象を発現させる「仕掛け」があり、
○それは業務上の管理対象の「存在」とその「関係性」に着目し、「業務俯瞰図」として整理し可視化する事が可能であり、
○業務俯瞰図を整理する際、その図に登場する要素は、存在(箱で表現)としての3タイプと、関係性(矢印で表現)としての4種類6タイプがあれば表現できることについて述べました。
コラムの最終回である今回はこうして整理した業務俯瞰図をどのよう活用できるかについて述べ、この連載を終えようと思います。
業務俯瞰図の有効性
業務を「コア」と「イベント」で整理し、業務俯瞰図としてまとめることで業務の遂行手段(コンピュータを使うか、紙媒体と人間系による伝達で行うのか)とは関係なく、組織が業務上、何を管理すべきか(=業務俯瞰図上の箱の存在)が明確になります。そして、登場する各種「コア」や「イベント」間の関係性を見る事で、どの業務がどのようにして発生するか、それにより、他のどの業務に同駅用を及ぼすかが把握できます。
組織の業務の遂行手段が変わる場合、例えば、システムの導入やシステムの刷新等、多くの場合、業務そのもの(業務俯瞰図に登場する「コア」や「イベント」の存在とそれらの間の関係性)が変わる訳では無く、その遂行手段(手書きかコンピュータからの入力か、利用するシステムが変わるか等)および、その遂行手段の制約の変化に伴う手順(流れ)が変わることがほとんどです。流れが変わるのであり、本質が変わる訳ではありません。
運転者と地理的な関係で例えるならば、出発地と目的地の2地点間を結ぶ道路上を馬車、自転車、自動車、自動運転車のどの手段で移動するか、選択した移動手段の違いにより、運転の仕方、手順は変わりますが、2地点の存在と、その間の地理的な関係性が変わらないのと同じです。
組織が業種・業態を変える場合や、多角化戦略等により新たな業種・業態に進出をしない限り、業務遂行上の現象としての変化は起きたとしても、業務上の本質が変わる事はありません。
その組織が社会に存在する理由とも言える業務上の本質を押さえる上で業務俯瞰図は有効であり、業態を変える等、その組織の業務の本質部分が変わらない限りこれは静的なものです。一度業務を整理して作成しておくと、長期的に使えるものです。
業態を変える場合も、その際に、新たな業態に合わせた業務を遂行する為の業務俯瞰図を作りながら検討する事は有効です。
業務俯瞰図の活用
業務俯瞰図上には業務上、管理すべき対象となる「コア」と「イベント」およびそれらの関係性を表す矢印が記述されています。この情報があれば、これを元にBPR(Business Process Re-engineering(業務プロセスの再構築))の検討の際にも参考になります。
業務俯瞰図上の「展開関係」や「更新関係」で結ばれている「イベント」や「コア」(特にEE展開・EC更新の関係)においては、矢印が指しているイベントが起きたら、その情報をそのまま使って矢印の反対側のコアを更新したり、イベントを起こしたりする関係です。業務上の本質的な関係として「展開」や「更新」の関係にあるイベントやコア等の間には、多くの場合、何らかの明確に決まった業務ルールや規約によって展開の仕方のパターンが決まっています。
この展開関係に相当する業務におけるその時点での業務のプロセス(流れ)を調べてみると、そこには業務従事者が(業務ルールや規約に則って)転記、転写、集計を行っていたり、システムを使っている場合は、二重入力や、情報の二重管理が発生していたりする例が多く見られる箇所です。そこには、転記ミス、集計ミス、情報伝達の遅延、遅延による同期が取れない事による情報の不整合、あるいは、業務従事者間での展開ルール、業務規約の共有不徹底に伴う、情報の不整合等が発生し得るポイントであり、業務遂行上の正確性と効率性を損なう危険性のある箇所として注意を払うべきポイントになります。
業務俯瞰図を整理する事で上記のような業務上の要注意箇所が明確になり、そこの業務に対して、如何にその業務を遂行するか、その手段および、手順を検討する事の必要性を明らかにすることができます。言い換えると、業務俯瞰図を用意した上で業務の遂行手段、即ち、業務プロセスの議論を行うと、メンバー間で議論の照準を合わせ易くなります。
システム化という選択肢
コンピュータは正確で迅速な情報伝達、パターンの使い回し、パターンに沿った展開処理、そして、生成された情報の保管や参照の際、物理的な制約を極小化させる事に適した道具であり、システムを導入するという選択肢は、業務を効率的に遂行する上で、非常に有効な手段の一つと考えられます。
しかし、これらの事をシステムに実行させる為には、業務上のどの情報とどの情報がどのように関係しているかを明確にする必要があります。ここを明確にせずにシステムの導入を進めると、業務として本来遂行したかった事が出来ない無用の長物になる恐れさえあります。その為にも、システム導入の際には、組織の業務の本質が何であるかを明らかにすることがとても重要な課題となってきます。
業務をシステム化する為の分析
繰り返しになりますが、業務をシステム化する為には、組織の業務の本質(=業務の「仕掛け」)をシステム基盤上に再現することが大切です。
「業務フロー」は、業務の「仕掛け」の存在を前提とし、更にその時点における業務の遂行手段を前提とした業務の「流れ」を記述するものです。これはその時点における組織内部の業務従事者に対して、遂行上の規範、規準を示すものであり、その時点における業務の統制を図る上で効果を発揮します。
ところが、システム化を目指し、必要な機能の洗い出しを行う際には、業務フロー分析はあまり役に立ちません。その理由は、業務フロー分析における分析結果は、その時点における業務の遂行手段や、その遂行手段を前提とした様々な事象、現象に囚われる危険性が高かったり、業務として普遍的な整理を行う上では必要ではない情報も多かったりと、却って混乱を招く事が少なくないからです。第2回のコラムで述べた「地図」と「運転記録」の存在理由と同様、扱う次元が異なっており、従って用途も異なります。
業務の手段、手順を問わず、業務の本質を分析し、「箱」と「矢印」で表現した業務の「仕掛け」を明らかにする事で、業務上の機能としてシステムが用意すべき機能要件として明確にする事が出来ます。機能要件として明確にすべき事は、「箱」で表現される登録、更新、削除、参照、の操作を行う対象となる業務上の管理対象の存在であり、それら存在する「箱」に対する操作により、他の「箱」にどう影響させるか(矢印の記述)を明確にする事に他なりません。
業務俯瞰図上に表した「仕掛け」を元にシステム機能要件として整理し、それに基づいてシステムを構築する事でIT基盤上に業務の「仕掛け」が用意され、それを業務従事者が利用することで初めて業務の遂行という現象が発現し、即ち、業務が「流れる」ようになります。
おわりに
現代は、めまぐるしい技術革新やグローバル化の進展の中、時代とともに、組織が置かれている環境が激しく変わることを前提とする必要があります。その中にあって、長期的に業務を継続する事を可能とするIT化の為には、業務の分析対象を見誤らない事が大切です。たまたま、その時代の、その環境に適応した組織体制を前提とした中で、発現している業務的な現象をIT化したとしても、時代の経過とともにその前提は変わるものであり、そのように構築したITシステムはすぐに使い物にならなくなる恐れがあります。
その為にも、普遍の部分とそう出ない部分、即ち、業務を遂行する為の仕掛けと、業務の遂行とを明確に切り分けて業務のIT化を検討する事が大切なのではないかと考えます。