コラム

ゲーム理論で俯瞰する公的部門の問題③「入札とゲーム理論」

2016.08.05

ジャパンシステム株式会社 コンサルティングアドバイザー
首都大学東京 客員研究員 河重隆一郎

読者の皆さんはメカニズムデザイン(mechanism design)という言葉からどのような印象を受けられるであろうか。日本では、そのままメカニズムデザインあるいは制度設計の理論などと呼ばれている実用的なゲーム理論の応用分野である。
具体的には、入札方法・税の徴収方法・契約の規則などの制度を開発したり改良をしたりするための学問領域で、[3]坂井(2013)は“経済学による「ものづくり」”と言っている。
メカニズムデザインでは、人々の行動を読み込んで人々のやる気を引き出すように方法・手続きの開発や改良をする。そして、あとは各個人の自由意志にまかせることで資源が(自動で)効率的に配分される。メカニズムとは、こうした方法・手続きのことである。なかでも、 オークションの理論は最も大きな成果を社会に与えた研究の1つである。[3]坂井(2013)によれば、ミルグロムとウィルソンが設計した周波数免許のオークションで米国政府は780億ドルの収益をあげた。

そこで今回は、1つの財(たとえば許可証)を公的組織がオークションで売り出す場合を例として、オークションについて考えてみる。このオークションでは、公的組織が売り手で財をできるだけ高く売りたいと考えている。一方、オークションの各参加者は買い手で、各買い手はそれぞれが考える財に対する評価額以下で競り落としたいと考えている。このとき各買い手の評価額は、売り手にも他の買い手にも解らない。

一概にオークションと言っても、オークションは種類があり、主催者(あるいは売り手)はどの種類のオークションを開催するのかを決めなければならない。一般的にオークションは大きく分けて公開型と封印型とに分けることができる。
公開型は他の買い手の入札額が常に開示されているような方式で、いわゆる競りである。
公開型はさらに競り上げ式(イングリッシュ)オークションと競り下げ式(ダッチ)オークションとに分類できる。競り上げ式では、最低落札価格から徐々に価格を上げていって、「それ以上の価格では買わない」というところで買い手は競りからおりる。最後に残った1人が勝者になる。一方競り下げ式は、高すぎると思えるような価格からスタートして、「買った」という買い手が出てくるまで徐々に価格を下げていく。最初に「買った」と言った買い手が勝者になる。
封印型は買い手が入札額を書いた紙を封筒に入れて、他の人からは見えないようにオークションの主催者に提出するような方式で、いわゆる入札である。
封印型はさらにファーストプライス・オークションとセカンドプライス・オークションとに分類できる。この2つの違いは、勝者(一番高い金額を入札した買い手) が売り手に支払う金額が異なるところにある。ファーストプライス・オークションでは、勝者は自分の入札した金額を支払う。一方のセカンドプライス・オークションでは、勝者は全ての入札のなかから2番目に高い金額を支払う。
読者の皆さんが通暁されておられる競争入札は、ファーストプライス・オークションに分類される。ただし、公共事業の発注に関する入札の場合、最も安い金額で入札した参加者が勝者となる。これは、主催者が参加者のサービスを買うためにオークションを行うので、「高い」と「安い」が反対になっている。しかし、入札額にマイナス(-)をつけて考えれば理論的には全く同じになる。たとえば、100万円と90万円ならば、それぞれにマイナスをつけて-100と-90とすれば、-100<-90で-90の方が勝者である。

さて、一般的なファーストプライス・オークションの仕組みは単純で、最も高い入札をした買い手が勝者となってその金額を払う。
しかし、買い手の戦略は単純ではない。なぜならば、各買い手はなるべく安く競り落としたいと考えているけれども、他の買い手よりも低い入札額では勝者になれないし、評価額より高い入札をする気はない。つまり買い手の戦略は、評価額を超えない範囲で他の買い手の入札額よりもわずかに高い金額で入札することである。ただし、他の買い手の評価額は事前には解らない。
たとえば、相手の入札金額が50万円で自分の評価額が100万円ならば、50万円以上でできるだけ50万円に近い金額で入札することが最善の戦略になる。しかし、紙一重の差を狙うのであれば、相手の入札金額が変化するとそれに応じて最善の戦略も変化する。いま最小の入札単位を10万円としたときに、相手が50万円だと予測して自分は60万円で入札したところ、実際は相手が70万円で入札していたならば負けてしまう。一方、100万円という最高の評価をしている買い手に財を売るチャンスを売り手は逃してしまう。
このように、オークションの結果が買い手相互の評価額に対する予想に依存してしまうので、確率的に戦略を考えなければならなくなる。さらに、オークションの終了後、70万円で落札した勝者に80万円での転売を持ちかけたならば、自分はこの財を80万円で手に入れられるかもしれない。しかも、この転売による勝者の収入10万円は、本来ならば売り手の収入になっていたかもしれないのである。
つまり、結果が運まかせになるばかりか転売の可能性まで残しているファーストプライス・オークションは、まだ設計の余地を残すオークション方式であると言える。

セカンドプライス・オークションの場合を考えてみよう。
上と同様に自分の評価額が100万円だったとして、100万円で入札したとしよう。このとき、仮に相手が50万円でも70万円でも自分が勝者になる。そして、そのときの支払額はそれぞれ50万円と70万円で済み100万円を超えることはない。
確かに相手が50万円のとき、60万円という戦略でも勝者になれるが、支払額は50万円で、100万円で入札したときと結果は変わらない。しかし60万円での入札は、60万円よりも高く100万円に満たない金額で相手が入札したときに、100万円までは支払う意思があるにも関わらず負ける可能性を残してしまう。
つまり、相手がどのような戦略をとるとしても、自分の戦略100万円は「悪くはない」戦略であると言える。ゲーム理論ではこのような「悪くはない」戦略のことを弱支配戦略と言う。
セカンドプライス・オークションでは、買い手は自分の評価額を正直に入札することで、常に最善の結果を得られるのである。つまり、相手の戦略を予想したり情報収集を行ったりするような意思決定のコストは一切発生しない。
このことをセカンドプライス・オークションは耐戦略性を満たすと言う。支払いの方法が一般的な感覚からは不自然ではあるものの、セカンドプライス・オークションは耐戦略性に優れた良いオークション方式なのである。

ところで、ファーストプライスとセカンドプライスとでは、どちらのほうが売り手の収入は多くなるのだろうか。実は、どちらの場合も(期待)収入は等価になることが知られている(収入等価定理: revenue equivalence theorem)。つまり、売り手にとってはどちらの方法でも収入は最大になっているので、これに勝る売り方はないということをこの定理は示している。詳細は参考文献[1]、[2]を参照していただきたい。
したがって、どちらを用いても売り手の収入が2番目に高い入札額と等しいのであるから、オークション方式を選ぶときに収入の多寡は気にせず、それ以外の条件を比較すれば良い。たとえば、公共事業の競争入札では、極端な安値での落札を防ぐという目的で最低制限価格(理論的には最高落札価格)が設定されることがある。ある地方都市の一般競争入札で最低制限価格が\4,608,000に設定されている事例では、入札した19社のうち12社の入札額がこの最低制限価格であったため、くじ引きで落札者が決まった。この事例では、\4,592,000で入札を行って失格となった企業が1社存在する。仮にセカンドプライス・オークションを採用していたならば、失格となった企業が落札していたはずだ。落札価格は同額ではあるものの競争を促すという意味では、現状よりもオークションがうまく機能していると言えるだろう。

以上のように、主催者や売り手が適切な方式を用いるならば、事前にはわかっていない、ある財の真の経済的な価値をオークションは明らかにする。読者の皆さんには、オークションという道具を使ってさまざまな財を有効活用していただきたいと考える。
最後に、2つ以上の財(複数財)をオークションで販売するとき(例えば国債)には、この収入等価定理は一般的に成立しないことをつけ加えておく。

[参考文献]
[1] 渡辺隆裕(2008),「ゼミナール ゲーム理論入門」,日本経済新聞出版社
[2] 坂井豊貴(2010),「マーケットデザイン入門」,ミネルヴァ書房
[3] 坂井豊貴(2013),「マーケットデザイン」,筑摩書房

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