コラム

自治体財務書類の活用を英国の実践から考える(5)わが国財務書類の活用に向けた新たな視点

2019.08.01

ジャパンシステム株式会社 コンサルティングアドバイザー
明治大学公共政策大学院教授 兼村高文

連載の最終回の締めくくりとして、最近の公会計の学会の議論などから財務書類のあり方などにも言及しながらまとめたいと思います。

政府の説明責任と財務書類の位置づけ

企業は以前より社会的責任(CSR)が問われてきました。企業活動が経済社会に及ぼす様々な影響について、倫理的観点からも利害関係者(投資家、従業員、消費者など)の要求に対して適切な責任を果たすべきという考え方です。最近は企業の文化・芸術活動への支援(メセナ:mécénat)ということも求められています。同じく経済主体の政府も公共ガバナンス(NPG)において当然に社会的責任は企業より大きいはずです。とくに住民に身近な自治体はなおさらです。このことは公共経営の考え方が浸透し政府も‘説明責任’を強く意識しその履行と向上に努めていることは随所で触れています。

総務省は「発生主義等の企業会計の考え方及び手法を活用した財務書類の開示が財政の透明性を高め国民・住民に対する説明責任をより適切に果たす」(今後の地方公会計の推進に関する報告書・2014年)と述べています。2001年より進められてきた財務書類の作成基準は2014年に統一的基準にまとめられて複式仕訳と固定資産台帳の整備とともに一応の統一化と公会計整備が図られ決算書としての信頼性と比較可能性は改善したと評価できましょう。そしてその利活用については先進事例を紹介したり総務省内に委員会を設置したりして普及に努めているところです。

本コラムでは財務書類の活用について英国の事例を紹介しながら述べてきました。しかし残念ながらわが国で直接に参考になるような事例は見られませんでした。ここではむしろわが国で財務書類が活用されない要因として人材と公会計制度の問題を指摘しました。この問題はすぐに解決できるものではありませんが、基本的にはこうした基盤が整備されていなければ財務書類の有効な活用はできないと考えています。とくに予算マネジメントで活用するのであれば、財務書類という会計情報はそれを活用できる人材がいてこそ役立つのであり、ここは英国が参考になったのではないでしょうか。ただしこのことは容易には解決しない問題ですが声高に指摘をすることは重要です。

財務報告から一歩先を見据えて

財政運営の結果としてまとめられる決算書は予算マネジメントで活用されるようになってその役割は公共部門でも重要性をもつようになってきました。とくに決算書が財務書類としてまとめられるようになって業績評価等への会計情報の提供は大きな有用性をもつようになりました。しかし民間企業では決算書は非財務情報を含めたさまざまな情報を結合した報告書の作成が試みられています。2010年に企業や投資家、規制当局等で構成された組織〈IIRC〉が統合報告(Integrated Reporting:IR)のフレームワークを公表しました。このフレームワークは、今日の企業の市場価値は多くが無形資産から生じれいることに鑑み現状からサステナブルな価値創出や有形・無形資本の関係性や長期的維持に向けた課題、投資家や経営者など組織のあり方などを明確にするもので、企業の財務情報と非財務情報を統合する概要を示したものです。ここでは持続可能な社会を創造するために企業活動と将来の見通しを含む財務実績を体系的に開示する統合報告を通じて、事業活動と環境・社会・コーポレートガバナンスの取り組みの関係を明確にしています。組織の価値創造に関する情報の特定とともに非営利団体への適用も述べています。統合報告書は2013年頃から徐々に導入されわが国ではまだ400社程度しか公表していませんが年々増えて社会的責任が意識されるようになっています。わが国の非営利団体では東京大学が2018年に5ページのIRを公表しています。

各国で試みられている政府の統合報告書(Integrated Report)の試み

今年の6月にオランダで公会計の国際学会(CIGAR)が開催されましたがその中で統合思考(Integrated Thinking)とともに統合報告書の導入事例が報告されました。EUでは2017年から非財務報告を含めた報告書の作成を推奨し、オランダは公的事業である公営住宅や介護事業、英国は国民保健サービス(NHS)の地域医療グループなどでIRを統合思考をもとに作成してその評価を論じていました。報告とは別にクロアチアや南アフリカ、シンガポールの公的事業やオーストラリアのニュー・サウス・ウエールズ州でもIRが試みられている事例があります。学会ではこうしたIRの試みは議論もありますが積極的に評価されています。

英国の地方公会計基準の設定機関であるCIPFAはすでにIRのフレームワークを公開しています。ここでは歴史的な財務情報に主に焦点を当てた報告書は、今日の公的企業が直面している多元的な課題に鑑みて関連のある情報を含めて簡潔に補完されるべきことを指摘しています。統合的思考と統合的報告による補完的な報告書は、公共部門の主体が価値を創造・維持しそれらの課題に取り組む方法についてより深い理解を得るのを助けると述べています。IRはまたより包括的な開示を通じてガバナンスと透明性および説明責任を強化するのに役立ち、持続可能な成果が長期にわたり利害関係者にどのように提供されるかを明らかにするとしています。こうした動きは注目しておく必要がありそうです。

今後の財務書類のあり方を考える

総務省では2015年決算から統一基準で財務書類の作成を求めてきましたが、その利活用に向けて2019年3月に「地方公会計の推進に関する研究会報告書」を公表しました。そこでは、①セグメント分析の手法に関する検討、②財務書類等から得られる指標の検証等、③公会計情報の収集・比較可能な形による公表、についてまとめています。しかしこれらは従来の活用のなかで問題点を修正した内容にとどまり、残念ながら新たな活用方途を示したものではありません。これ以上踏み込んで活用方途を示せない要因は、本コラムで英国との比較でも指摘しましたように、公会計の専門家が関わっていないことと公会計制度が現金主義のままであることが考えられます。このいずれも現時点で早急に改めることは難しいでしょうから、1つの考え方として上述の統合思考による統合報告書のような内容を決算書に前書きにでも付け加えることも一考ではないでしょうか。

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