コラム

デジタル社会形成に向けて 第2章(1)~自治体DXの先に~

2022.01.11

行政サービスの効果測定

前回までのコラムでは、役所の窓口サービスを題材として、DX化のもたらす恩恵について、サービスの供給側のみならず、サービスの需要側についても多大な貢献があることを紹介してきました。今回からは、DX化による「恩恵」の部分について、政策評価の視点から、もう少し一般化していきたいと思います。

公共サービスには、法律等により提供が義務付けられるもの、あるいは自治体が任意で提供しているものがあります。前者は主に、住民票の交付から、介護保険サービス、国民健康保険の給付、児童福祉・老人福祉・障害者福祉サービスのようなものまで。後者は主に、各種助成金等の交付、公共施設(公園、文化ホール、生涯学習センター、スポーツセンター等)の提供などがあります。

前者のサービス群については、地域の独占事業体である自治体が担う以外に選択肢が無い訳ですから、可能な限り効率的にサービスを提供して欲しいが、サービス利用者側の時間を奪わないで欲しい、という点を前回までのコラムにおいて話してきました。

では、後者のサービス群についてはどうでしょうか?効率的なサービス提供を心がけて欲しい、という点では同じですが、他方では、サービス利用そのものは、納得いくだけ時間を使いたいという傾向があるはずです。

例えて言うならば、体育館や貸会議室の予約手続や鍵の受取りなどは、迅速に完了したいと思う一方で、実際の利用は、予約時間内ギリギリまで(納得いくだけ)使わせて欲しいという事は、よくある事かと思います。

説明が難しいかもしれませんが、DX化の価値測定に援用した方法は、既に政策評価や行政評価の分野でお馴染みの「費用便益分析」と呼ばれる手法です。これは、行政サービス・政策の価値を利用者の選択行動から貨幣化して計測しようとするものです。そして、住民が明示的な意思表示結果として受ける行政サービスについても、費用便益分析を用いる事で、政策評価が可能になる事を説明してまいります。

もちろん、行政サービス・政策の中には区画整理事業や道路建設のように、個人の選択と直接紐付かないものも多いとは思うのですが、それらの施策は事前に受益者や利用者を措定しているはずですので、効果の測定は可能になります。

行政サービスのうち、特に排除性の弱いものについては、その傾向が強くなりますが、「受益」の概念が曖昧です。贅言(ぜいげん)(※1)ながら、排除性が高くなれば、行政サービスでも発生する費用と受益の調和を求めることとなり、「公営企業会計」として区分経理(※2)されることになると思います。何故ならば、一般会計で経理される行政サービスの多くは、費用に対置すべき「収益」の概念を持たないからです。

そこで、「収益」に置換すべき存在として「便益」を推計し、費用、すなわちサービスの供給コストと対比してみよう、というのが費用便益分析の役割になります。この分析手法を用いる事で、推計された便益が費用を上回れば、その公共サービスは税金を使って実施されることの正当性を得ることになります。

DX化の前提であり、同時に蓄積されていく様々なデータは、これまでの政策決定のあり方に大きな一石を投じることになると思います。

費用と便益

さて、費用便益分析そのものは、従来から「B / C(ビー・バイ・シー:コストを分母とし、便益を分子とする)」としても知られております。国においてはその利用が法制化もされており、総務省の政策評価ポータルサイト(※3)では、各省庁の取り組みが一覧できるようになっております。しかしながら、この手法が自治体レベルの行政サービスに適用されている事例は、思いのほか少ないです。

では、行政サービスから発生する便益は、どのように計算すれば良いのでしょうか?
様々な行政サービスが存在し、様々な嗜好(要求)を持った市民が存在する中で、何か簡単な計算方法はあるのか?この問いに対して、非常にシンプルな発想に基づいて計測できることを、これまでのコラムで紹介してきました。

それは一体何か?拍子抜けになるかもしれませんが、現地(窓口)に赴かないと受けられない類いの行政サービスについては、利用者(市民)がそのサービスから得る便益は、そのサービスの中身が何であれ、「その地点までの移動コスト」によって代替的に表現できると考えることができます。

このような考え方は、「トラベルコスト法(旅行費用法)」(※4)と呼ばれております。数ある便益計測手法の中において、利用者の移動情報があれば算出可能ですから、デジタル化や都市のスマート化に親和性が高いと思われます。

但し、トラベルコスト法を用いるためには、大いなる割り切りが必要です。例えば、何らかの目的である場所(役所、公園美術館など行政サービスを享受できる場所)を訪れる場合、場所を利用するには、他の「何か」を犠牲にしているはずです。仮に場所への移動時間や滞在時間などを、別の仕事や作業に費やしていれば、報酬(賃金)を得られていたはずなのです。

しかし「得べかりし(うべかりし)利益」(※5)を放棄して、行政サービスを利用したのであるから、それら時間の機会費用も含めたトラベルコスト(旅行費用)が、行政サービス利用の価値ではないか?と考えられます。行政サービスの中でも、利用者が「訪問」して利用するサービスについては、このような方法で便益、すなわち、税金を投じる正統性の計測が可能ではないかと考えます。(つづく)

コラムニスト
公共事業本部 ソリューションストラテジスト 松村 俊英

参考

  • ※1無駄な言葉、余計な言葉
  • ※2事業分野や商品ごとに資産を区分けして管理し、運用すること。
  • ※3政策評価ポータルサイト(総務省)
    https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/hyouka/seisaku_n/portal/index.html
  • ※4TCM(Travel Cost Method) 訪問地までの旅行費用と訪問回数との関係をもとに、間接的に訪問地の利用価値を評価する手法を指す。
    引用元:国土技術政策総合研究所 プロジェクト研究報告
    http://www.nilim.go.jp/lab/bcg/siryou/kpr/prn0001pdf/kp0001012.pdf
  • ※5本来は得られるはずだった(が得られなくなった)利益のこと。「逸失利益」とも。

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