コラム

公共施設経営の視点から(1)サウンディング調査手法の歴史的背景とその活用

2018.08.21

ジャパンシステム株式会社 コンサルティングアドバイザー
東洋大学 客員教授 南 学

近年、サウンディング調査手法が注目され、多くの自治体で、公民連携の入口の手法として用いられはじめている

この手法が有効であると注目されるようになった背景には、時代的な観点から見て、行政側からと民間側からとの両方向からの要因がある。

いずれも成長型社会から成熟型社会への転換であるが、行政側からの要因としては、高い経済成長が見込めずに、税収が伸び悩む一方で、市民のニーズの多様化によって、きめ細かな対応、縦割りを超える生活に根ざした要望が出てきたために、縦割り組織・予算では量的(金額)にも質的(サービスメニュー)にも対応できなくなったことが指摘できる。

その結果、縦割りの固定的な機能に立脚し、低価格を追求するような従来型の仕様書発注をベースとした調達機能の優位性が一部で崩れてきて、プロポーザル方式、総合判定方式というようなサービス調達方式が増えてきた流れがある。つまり、仕様書発注ではなく、性能発注によって、事業目的を達成するために、事業内容や手法の提案を発注するようになってきたという流れである。役所にとっては、調達の優位性が崩れるとともに、縦割り組織の中では事業アイディアに限界が出てきていることも指摘できるだろう。

民間側からの要因としては、行政の予算が毎年のように削減されているため、受注を狙う民間事業者にとって、「おいしい」仕事が少なくなり、また、行政の発注仕様にさまざまな「上乗せ」が加わるとともに、新規参入事業者の増加、人件費の上昇、株主からの配当要望など、規模のメリットよりも収益性を重視せざるを得なくなるという環境変化によって、価格競争では利益が低下してきたという事情がある。独自の「ノウハウを売る」ことによる利益確保の方向である。

税金の配分による公共サービスの提供が行政の主要な機能・業務であるが、この配分機能は、必然的に縦割りの組織と予算を基盤としなければならない。成長型の社会で、毎年のように税収増が見込める時代には、縦割りの組織と予算は、その守備範囲での拡充という方向で市民生活の分野ごとの要望の実現に効果的に機能したのであるが、低成長・成熟型の社会にあっては、その弊害が指摘されるようになっているところである。

市民の生活や要望が多様化・高度化・複合化している現代では、多様な行政サービスメニューに対応するために、行政の配分機能も複合化し、税金だけではなく、民間資金やノウハウも活用する総合的なコーディネート機能を付加しなければならなくなっているからだ。

しかし、縦割り構造に数十年の間「浸かっていた」既存体質は、簡単には変わらないために、発注に至るまでの前段階として、従来の制度としては存在していなかった民間と事前協議の場としてサウンディング調査、つまり、公民間の対話型市場調査手法が用いられるようになったと言えるだろう

この手法は、民間の「営利」的な発想とマーケティング手法、公共性との調和を実現するためのアイディアを広く募集するためのものであるが、民間にとっても「知的財産」でもあるさまざまな手法を、行政側が一定の「守秘義務」を保障し、民間と行政の利益の接点を「自由参加」方式によって、模索することに利点がある。現時点では、特に決まった「手順」があるわけではないので、周知方法、対話回数、まとめ方、公募へのプロセスなど、実施方法は自由に設定できる。

どのような実施方法でも、公開を原則にするとともに、行政側が、土地や建物という資産、一定の資金、データを提供する決意をもって民間側にノウハウを求める姿勢を明確に打ち出せば、民間側も事業機会の拡充を考えて、真剣に資産活用などを提案してくることになる。

民間からのすぐれた提案を受け入れることは、公共部門にとって、必須の課題となっているが、十分にすすまない主な理由には、「随意契約」に対する抵抗感があるようだ。すぐれている提案でも、他の事業者も同じようなノウハウを持っているかもしれない、随意契約で実施しようとすると、「癒着」ではないかと追及される恐れがある、随意契約の理由を説明しても十分な説得力を持たないと批判される、などの懸念があれば、競争入札や、公募によるプロポーザル方式(随意契約の一形態ではあるが)を採った方が「楽だ」という判断があると考えられる。

「随意契約は例外であり、避けるべきだ」という考え方が基調にあるのは、「誰もが納得できる説明をするのは難しい」という認識であり、「面倒な説明をするよりは、競争入札という形式にすれば、すすめやすい」現実的判断があるのだろう。実態としては、国も自治体も形式は「競争入札」であっても、一者入札であったり、仕様書を特定の事業者向けに作成したり、公募期間を短くして、「出来レース」と言われるような実質的な随意契約という事例も散見される。また、見積もり合わせという手法も、事業者間で「見積書」を有料で提供している事例のように、「競争」の形式を整えることにさまざまな「工夫」をしているのが実情である。

それならば、徹底的な公開原則の下で、民間事業者のアイディアや「やる気」を絞り込んで、随意契約を適用する方が理にかなっているといえよう。

「包括委託」を全国で初めて適用したのは、香川県まんのう町である。まんのう町は、中学校のPFIによる整備を行う際に、「包括委託」を含めて、平成22年に最初の民間事業者に対する「対話型」ヒアリングを行ったのである。この「対話型」というのは、発注者と受注者という「力関係」ではなく、お互いに対等な立場で、可能な取り組みを検討するという手法である。まんのう町の当時の担当者は、そのために、民間事業者のノウハウを提供してもらうために、ノウハウに属する情報は外部に漏らさないことと、複数企業のノウハウの「いいとこ取り」をして、一方的にメリットを享受することはない、という「守秘義務協定」を結んだ上で、「対話型」ヒアリングを実施したのである。対象となる大手の企業に対して、まんのう町に足を運んでもらうだけでなく、自ら東京に出かける姿勢で「対等な立場」を示すことも行った。

このサウンデシング調査の手法は、現在展開されている「包括委託」のほとんどで実践されている。これによって、自治体の担当者は、対象となる公共施設の選択や、「包括委託」に伴うサービス業務の水準、委託費に関する民間側の「感触」などを知ることができ、その内容を募集要項に盛り込んで、確実な発注・受注に結び付けることができる。

そして、サウンデイングの手法は、「包括委託」に限定されることなく、公共施設マネジメントのほとんどの「事業」に適用することができる。もっとも大きな成功は、大阪城公園PMO事業における指定管理者制度の活用であるかもしれない。大阪市は、サウンデイング調査によって、大阪城公園の観光施設としてのポテンシャルを十分に認識し、指定管理者から大阪市に毎年3億円ほどの「納付金」を支払う事業スキームを打ち出すことができた。指定管理者にとっても、3億円の負担を上回る収益をもたらすことができ、結果として、大阪城公園が国際的な観光名所としても注目されるようになったのである。

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