コラム
地方から世界をリードする「本物の豊かさ」を創る⑥ スピンオフ番外・国政挑戦編(2)
2018.02.27
ジャパンシステム株式会社 コンサルティングアドバイザー
一般社団法人 地方創生戦略機構 代表理事 中山 泰
新しい時代の財政パラダイムを創る! 夢や可能性への制度のシワを伸ばそう!
前回は、このコラムの統一テーマとしている「地方から世界をリードする『本物の豊かさ』を創る!」のスピンオフ番外編として、地方行政と密接に関連する国政の課題の内から「消費税の引き上げ問題という『困難』の中から、地域の生活現場発で『消費税の一国2制度』への創造的工夫をあぶり出し、それを通じて東京一極集中是正と地方創生の一層の推進という『宝』を生んでいく、このための挑戦的視点」について取り上げました。
ところで、このように仮に、消費税の引き上げについて時々の状況に応じて一見、日和見的で、景気委縮への懸念が幅を利かせるような優柔不断な態度として受け止められれば、今度は、「そもそも財政再建は可能なのか、どうするのか?処方箋を示せ!」という指摘が出てくることが想定されます。
今回は、この指摘、文脈に真摯に向き合い、スピンオフ編第二弾として、財政再建という「困難」の中から、何と真逆に、“財政健全化と計画的な積極財政の両立・発展”を可能とする、財政管理政策上の“パラダイムシフト”という「宝」を、日本発で産んでいくための挑戦的な議論をご紹介したいと思います。
テーマは「新しい時代の財政パラダイムを創る!」です。別名は「夢や可能性への制度のシワを伸ばそう!」。
結論から先に述べます。即ち、一千兆円を超える膨大な国債累積とそのGDP比又はプライマリーバランス達成等に象徴される会計収支的な評価を柱とする現在の財政健全化の規範を発展的に見直し、“危機管理”自体に焦点を当てた総合的な新指標を創設し、財政管理上のパラダイムシフトを目指せばよい、ということです。これにより、計画的な積極財政と財政健全化の目的確保との両立・発展につなげていくことが可能であると考えています。
というのも、議論の出発点として、そもそも財政健全化の「健全化」とは何なのか?をまず問いかけたい。膨大な国債累積の改善,解消を指すのか?そうなら何故、改善、解消が必要なのか、それが政府の国民への“借金”だから?「収支均衡」が常に金科玉条だから?‥しかし、本当にそうなのか…。
ここで忘れてはならない一つの大切なことは、国債は、政府にとっては借金であるとしても同時に、保有する国民にとっては大切な「資産」であるということです。そして、資産としての国債は、消費や投資を促す資産効果を持ち、国家経済の発展に肯定的な影響を与えます。この点だけを見ても、財政の主要な目的の一つに国家マクロ経済の支援、促進があることを踏まえれば、(単なる「収支均衡達成」が金科玉条にならない)羅針盤を持たないで削減、解消のみをひたすら盲目的によしとすることが財政の目的にかなう“健全化”ではないことは明らかです。
すなわち、財政の自己目的にかなう健全化(=本源に沿った財政健全化)の上では国債累積ゼロへのひたすらな削減が最適なのではなく、財政の健全化は“一定規模の国債累積”を排除しないわけです。ですが、健全化達成に向け仮に更なる削減、解消を図るとしても、どの水準までがストック最適なのか合理的な基準を体系的な理論として聞いたためしもありません。したがって、この点からすると、例えば健全化指標の一つとされる“プライマリーバランスの回復”についてすら、健全化の(方向ではなく)“達成した状態の姿形”を探る立場からすると、あくまで応急手当て的で経過的な意味内容に止まるものと言わざるを得ません。
このように、健全化とは何か、その中身、内容を直接、アプリオリに明確にすることは単純ではありません。そうである限り、少なくともむしろ、総合的な経済状況の中で、国債を非否定的、中立的かつ経済戦略的に位置づけて財政管理を考えていくべきであって、“健全化とは何か”という健全化達成の内容、その水準そのものを、独立して先に位置づけ管理すべき数値的“目標”としてとらえるには無理がある、としかいえない思うのです。
今こそ、“危機管理”自体を焦点にあてた指標を!
その上で、健全化の内容をアプリオリに明確にできないなら、原点にある「目的」に立ち返って考えてみるべきことが大切です。健全化の内容がアプリオリに規定できないからといって、健全化自体がおろそかにされては決していけないわけですから‥。
じゃあ、何のための健全化なのか?これは一言でいえば、究極には“危機を防ぐため”であることはいうまでもありません。であれば、その文脈からは、“危機管理自体に直接焦点”をあてた指標、指針こそ、健全化の目的の核心にかなうということがいえます。そうすることで、健全化自体、その水準、内容へのアプローチについても、結論としては「その対極のところに位置する“危機管理”に焦点を当てた展望から逆方向に、帰納的にたどっていく過程の中で位置づけて考えることにより、その体系があぶり出され、浮き彫りにされてくる」のではないかと考えています。
ちなみに、国債累積を起因とする財政危機を防ぐための「指標」とは、現実の他国の経験等から①短期的には、国債の外国人購入者や外国通貨建て国債の規模等から一定連関する国債と日本円との適正交換の可能性(※)だったり、②長期的・構造的には、GDP、供給力、貿易力、外貨蓄積状況などの総合的な経済国力との相対的な関係だったりで、総じて国債に対する総合的な「信用」確保を巡る規範であると私見していますが、こういった根幹的なレジームこそ、学識経験者を含め、政府の経済財政諮問会議などで議論すべきです。もちろん、世界の叡智の参画も願い、新レジームへの世界の経済社会からの信用も確保するものでなければならないことはいうまでもありません。
(※)我が国の場合は、現状、基本的にほぼ全く問題なしとされています。
“財政健全化と積極財政”を両立させる「財政の改新」へ! 借金を富に変身させる「平成の徳政令」という「宝」
このような新たな財政管理レジームへのパラダイムシフトは、時代を画する大きな意義を有しています。 すなわち、これまでの累積削減、解消を唱える財政規範だけでは、「健全化と積極財政」の両立要請は、常に相互衝突的で、正面から綱を引き合う関係ですが、他方で、このような新・危機管理指標を持てば、財政健全化(=“危機”指標から距離を置く方向へと逆にたどる規範)を維持しながら、計画的な財政を積極に進めることができ、財政健全化と積極財政を両立・相互発展させることが可能!だと思っています。
さらに、国民にとっては「国債は資産」にほかならない中で、新規範のもと適切・計画的に発行規模を律していけば、国債の借金としての一面よりもその「資産」すなわち「富」としての姿が一層浮き上がってきます。あたかも枯れ木のようにしか見えなかったものが、実は花も咲いていたかのごとく‥。新・財政管理レジームこそは、いわば花咲かじいさんのごとく、累積を子々孫々への専ら“膨大なツケ”とする考え方をもパラダイムシフトさせ、まるで「借金」を「富」へと適切に変身させるかのような「平成の徳政令」ともなるのです。
(花咲じいさん、徳政令などと言うと、一見は虚飾、虚妄、独善‥のように受け止められる議論でお叱りを受けそうですが‥譬え方、表現振りはともかく筋目には合理性を持って真摯に御紹介しています。)
新たなパラダイムは、新しい時代への国の土台づくりの上に財政が引き続き適切・積極的な役割を果たしていくことを可能とする抜本的な財政政策改革、いわば“財政の改新”のための重要なマイルストーンです。
そして、その土台を基礎に、国の未来の豊かさづくりをリードしていく主役と舞台こそ、もちろん、地方・地域です!
まだまだ地方には考えつくせないほどの夢のタネが埋もれています。新たなパラダイムこそは、地域に埋もれている夢と豊かさの無限の可能性を耕すとともに、これを基礎に伸長著しいアジア諸国はじめ世界の国々の経済発展の中で埋没することなく一層豊かな国の未来づくりを期していく上で、必要最低限の足場となる、全国的な老朽化対策も含めた各般のインフラ整備を、今後とも計画的に可能としていく「未来への宝」となるのです!