コラム

自治体財務書類の活用を英国の実践から考える(2)英国の地方財政の現状とその対応

2019.04.16

ジャパンシステム株式会社 コンサルティングアドバイザー
明治大学公共政策大学院教授 兼村高文

1回目から時間が少し経ちましたが、2回目の今回では英国自治体の財務書類を理解するために地方財政の現状を説明し、次回の3回目で民間と同じ会計基準である公会計制度と財務書類の内容を紹介しましょう。

議会が負う予算と執行の責任

英国の自治体では議会が予算編成と執行に責任を負っていることは前回述べましたが、実際の予算編成は議員が行っており現在、多くの議会では議員から選ばれるリーダーと10名以下の内閣メンバーが担当しています。リーダーをわが国と同じ直接に公選とすることもできますが、1人に権限が集中することを好まない英国では全420団体のうち公選首長がおかれているのは16団体にすぎません。一方、行政はトップの事務総長(Chief Executive)のもとで議会を補助しながら事務の執行を行っています。予算とその執行結果は議会の責任ですので、財政運営や財務書類に関しては監査人とともに議会が把握しておりここはわが国とは異なります。

広域の自治体と小さな財政規模

自治体の数は合併を経て現在はわずか420団体です。構造は1990年代にそれまでの広域と基礎の2層制が非効率との理由で1層制への改革を進めた結果、イングランドを除いて1層制となりましたがイングランドは36の大都市と一部の地域を除き住民の反対で従来のカウンティ議会とディストリクト議会の2層制が残って混在しています。1層制(ユニタリー議会、大都市議会)では全ての地方行政を担当します。英国の人口はわが国の半分ですが1団体当りの人口は約16万人でわが国の約7万に比して2倍以上の規模です。また議員数は約2万人でわが国は3.2万人ですが人口比では公務員とともに多いです。一方、地方財政の規模は国の3分の1程度と小さく、事務は経常分(Revenue Account)は教育が3割、福祉が2割、公営住宅が2割など教育と社会福祉が大半です。資本分(Capital Account)は全体の1割程度と小さく道路や学校、住宅などの整備が主です。財源はほとんどが国からの特定補助金で唯一の地方税カウンシル税は2割程度と少なく、財政的自治は限定的です。ただ国に納付してきた事業税(Business Rates)が地方税に戻されつつあるので近々自主財源は4割程度確保されそうです。

緊縮政策のツケは結局は住民

さて財政運営は現在、前回のコラムでも述べたように、非常に厳しい状況におかれています。2010年からの緊縮財政政策による大幅な地方への補助金カットは、多くの自治体を危機的状況に追いやってきました。なかには補助金が4分の1にまで削減されたところもあります(例えば1層制のCornwall Council)。さらにイングランド中東部の人口約50万人の県(Northamptonshire County Council)では、期中に資金収支が赤字となることが監査人より指摘されたので法律(1988年地方財政法の第115節通知)に基づいて財政部長より議会に対して、給与や福祉など特定の支出を除いて新たな支出の凍結が2017年から2度にわたって通知されました。議会は直ちに改善計画を作成し監査人の承認を得て議決しなければ新たな事業の執行ができない状況におかれました。自主財源はカウンシル税しかなく、税率を必要額ほど大幅に引き上げるためには住民投票が課されますので収支改善は容易ではありません。結果的には職員の解雇や行政サービスの削減で対応せざるをえないわけです。この事件はマスコミにも取り上げられ議会の責任が追及されました。

積立金の位置づけと見積りは

英国では以上のように厳しい財政運営が強いられていますが議会も対応をとってきました。わが国で2018年度の予算編成に際して地方財政の積立金残高が21兆円に達し過去最大であることが問題視されましたが、英国でもほぼ同時期に地方財政の積立金(Reserves)残高が同じく過去最大となっていました。両国とも苦しい財政状況にありながら最大規模の積立があることは、どこかに余裕があると国は当然に見做すわけです。わが国では地方財政計画の歳出の見直しが議論されました。しかし英国では問題視もされましたが積立金は法定されており、まさにこうした厳しい財政運営に備えるための資金として位置づけられています。ただ多くの議会では今後の財政運営において積立金を取り崩しても収支均衡を確保するのは難しいことを表明しています(Local Government Chronicle:地方自治体情報誌など)。

緊縮政策こそが健全化への近道

地方財政が危機的な状況にありながら英国政府が緊縮政策を続けてきたのは、財政赤字(公的企業を含めた公共部門全体の赤字)が民間経済にマイナスであるという考えに基づいています。政治は財政安定化規律(投資に限定した公債発行・景気循環をとおして公債残高はGDPの4割以内)を遵守して予算を決めてきました。財政政策はもちろん緊縮策だけではなく景気策として投資優遇や法人税率の引下げ(20%)などを実施して財政赤字は解消に向かいつつあり、健全化はわが国より進んでいます。かつてのケインズ主義が本家の英国ではなく日本でいまだにアベノミクスなどとして信奉(?)されているのでしょうか。

英国の地方財政もわが国と同じく赤字予算は組めませんし、起債は自由化されましたが市中からの起債は認められていません。財政運営に際しては期中でも資金収支がショートしないよう監査でチェックし安全性の確保を図っています。また財政指標は起債による財政負担状況(プルーデンシャル指標等)などが設けられています。これらの手続きは地方公会計基準に基づいて専門の公会計士(専門機関の認定)の担当官が経理しそれを監査人がチェックして運営されていますので、専門職の手による財政実務が行われているといえます。次回は地方公会計基準と財務書類の内容をみましょう。

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